学会の概要Overview of the society

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理事長の挨拶

日本看護科学学会 理事長 就任にあたって

 鴨長明は、「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」と『方丈記』の冒頭で述べました。看護科学もまた、変わりゆく時代のうねりの中で問いを重ね、自らを見つめ直しながら、進んでいく学問であり実践です。静かにみえる流れのその底では揺るぎない探究の意思、対話と省察により小さな変化が積み重なって進化を続けています。

 ここ数年、私たちは「科学的誠実さとは何か」「社会に伝えるとはどういうことか」といった根源的な問いに向き合い、深い学びを得てきました。20世紀の哲学者カール・ポッパーは、「反証可能性(falsifiability)こそが科学と非科学を分かつ基準である(The criterion of the scientific status of a theory is its falsifiability, refutability, or testability)」と述べました。つまり、どの主張も、検証や問い直しに開かれていることが科学として成り立つためには必要です。このような学会の「場」としての機能を高めていく必要があるでしょう。これは学術団体として、社会との対話を豊かに、積極的に行っていくという意味でもあります。

理事長 酒井 郁子

 もっとも、実際の科学は、単に反証されたからといって理論が即座に棄却されるわけではありません。科学者たちは、しばしば測定誤差や前提の妥当性を検討し、知の構造をより精緻に組み立て直そうとします。科学の営みは、仮説の否定にとどまらず、新たな問いを生み出し、知を構築し続ける創造的な対話のプロセスです。とくに看護科学においては、問いの多くが人間の営みや価値観に深く根ざしており、単純な反証では捉えきれない側面もあります。だからこそ看護科学発展のためには、厳密な検証性と柔軟な文脈理解、その両方を担保する多元的なアプローチを育んでいく必要があります。

 ですから、多様な立場や知が出会い、互いに問い直し、支え合いながら深まっていくような、ひらかれた議論の場でありたいと願います。このことによって本学会が実践と研究、社会と学術を行き来する「信頼の回路」となりうるのではないかと思います。

 このたび、日本看護科学学会(JANS)の理事長を拝命し、これからの2年間の責任の重さと向き合うにあたり、私は「誠実に、他者の声に耳を澄ませながら歩むこと」を大切にしたいと考えました。自らの価値観に忠実であること、他者の声を丁寧に聴くこと、そして言葉と行動を一致させること――こうした姿勢を貫きながら、実践・教育・研究のあらゆる領域で生まれる小さな問いや試みを、会員の皆さまとともに束ね、より大きな知の流れとして社会に届けたいと願っています。

 これからもどうぞ、率直なご意見をお寄せいただき、温かいお力添えを賜りますようお願い申し上げます。

2025年6月23日
公益社団法人日本看護科学学会 理事長
酒井 郁子

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